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 タバコラム28.禁煙の日にひとこと(10)~ある喫煙患者の流した涙~

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  「これが、こんなのが、私の肺ですか・・・」

 とある患者さんが電子カルテの画面の前でうつむきながら漏らした言葉でした。


 私は二年目の初期臨床研修医です。
 目から耳から入ってくる雑多な情報(貴重な経験)に振り回されながらの慌ただしい毎日を送っております。

 そんな私が大学に入学した時には既に禁煙全盛の時代が始まっておりました。敷地内では禁煙励行、医療職たるもの喫煙は避けるべき、などと声高らかに叫ばれていたものですから、もともと喫煙に対してさして関心のなかった私などは「ふーん、そういうものですか」と素直に呑み込んでタバコという娯楽文化とは縁もゆかりもない人生を歩んで参りました。

 わずかにあるタバコとの思い出といえば、目の前で喫煙する部活の先輩が「最近はたばこを吸う部員が少なくなったなぁ」とこぼしていたことを覚えている程度です。


d0128520_16222012.jpg さて、冒頭の患者さんはどちらかといえば世の禁煙ムードを喜ばしからず思っておられたようでした。
 1日に2箱吸うというヘビースモーカーであり、そして某タバコ関連企業の社員であったからです。

 本人いわく「タバコが止められるならとっくに止めている、吸っても吸わなくても人は死ぬ」との信念を持っておられるなかなか豪快な御仁で、話好きのこの患者さんとの交流は私の日々の病棟業務の中でもなかなかに楽しいものでした。

 この方は呼吸困難で緊急入院となっていたのですが、だいぶ症状も落ち着いてそろそろ今後の話をしていこうかといった段階になってきていたのです。

 冒頭の発言は、その病状説明をモニタに映された胸部CT画像を交えながらナースステーションの一角で行っている際の出来事でした。

 肺の所見自体はかなり悪く、正常な部分を指摘することが困難なほどでしたがなにしろこの重度の喫煙者に対して、今までに数多くの場所で禁煙を勧められながらも吸い続けているのであろういわば喫煙の猛者に対して、私のような非喫煙者の若輩者ができるであろうことはあまり多くはなさそうだと感じていました。病状を説明し、原因に触れ、今後の治療についてのやる気を引き出せれば御の字といった心持でした。

 呼吸困難の原因はどうやらCOPD(慢性閉塞性肺疾患)が誘因となったようです。COPDは喫煙によって起こりうる人体の反応としては多いものです。あなたの肺は重症度分類では○○になり、生まれた時の元気な肺に戻ることは難しいと言わざるを得ません。喫煙はこの病態をさらに悪化させる可能性があります。今後はこの病態と上手に付き合っていく方法を一緒に考えましょう。」といった風にこちらからの説明をし終え、後はいつものごとく喫煙に対する不退転の決意を拝聴する心構えであったものですから、突然の涙を見て私はぎょっとしてしまいました。

 冒頭の発言はさらに「今まで私が関わってきたものはこういうものだったのですね。」と続き、そしてこの方はその日を境に喫煙という行為とスパっと縁を切ってしまわれました。私が禁煙に対するなにがしかの働きかけをする余地もなく禁煙が成功していく様を見て、私はまた驚かされてしまいました。

 今、こうして執筆している最中にもいろいろと考えることがあります。いったい、あの時患者さんが流した涙はどんな意味だったのでしょうか?後悔でしょうか?悲嘆でしょうか?あるいはご自身の職業などとも関連した自責の念でしょうか?ながらく喫煙というものと生活してきたからこそ感じた様々な思いが去来していたのではないかと推測しております。

 このできごとは私にとっても、喫煙というものと真正面から向き合う忘れられない診療体験となりました。

 今は私自身、少しだけ喫煙というものに対して理解を深め、関心を持つことができたと感じております。これからは喫煙患者さんのために少しでも力になれるように医療者として禁煙指導や治療ができればいいなと思うようになりました。    

       (初期臨床研修医 服部拓也)
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by hiro-nishi-mc | 2012-09-20 16:31 | タバコラム
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